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アイヌ民族のこころを伝えようと懸命に生きた女性、
チカップ美恵子さんの豊かな詩作品集を紹介しつつ感じとれた私の詩想を記しています。
チカップさんの美しい本
『チカップ美恵子の世界―アイヌ文様刺繍と詩作品集』(2011年9月、北海道新聞社)に織り込められた詩の言葉は、アイヌ文様刺繍のような肌ざわり、ぬくもりと、息づかいを伝えてくれます。
今回は私が好きなチカップさんの詩に響いている
「愛と祈りと死」の主題をみつめます。
最初に詩「キビトロを摘む」。生まれ育った丘に寝転び伸ばした手のひらにふれたキビトロ(薬草)。時を遡り過去と今を照らし出す想い、なつかしさといとおしさ。変わらないもの、変わってしまったもの、深く感じ歌い心に響かせるのが詩だと教えられる気がします。
キトビロを摘む (最終連)
同じ この丘で
先祖たちは
やはり キトビロを摘み
食卓に
季節の香りを
楽しんだのだろうか……
なつかしさと いとおしさの中に
私の遺伝子を感じつつ
キトビロを摘む
次の詩は海と川を遡る鮭たちの姿が鮮やかに浮かび上がるとてもドラマチックな詩です。アイヌ民族は鮭を主食とし鮭を神として敬い生き続けてきた、その思いの真実さが詩句に息吹きをふきこんでいます。言葉が豊かに流れ揺れる長篇詩からほんの一部だけ引用させて頂きました。
故郷についての詩行、大地や山や川を描く詩句はとても美しいと感じます。
続く愛と死を歌う詩句には、
アイヌの世界観が輝いています。鮭の生きざまは人間の生きざまと重ね合わされかけがえのないいのちと捉えられています。
アイヌ・ユーカラのような、アイヌ民族の美しい祈りの歌、私は素晴らしいと思います。
至福をもとめて故郷(ふるさと)へ帰る鮭たち
(略)
母なる大地に連なる山々は母なる大地の乳房であり
母乳である川には先祖たちがたたずむ
山々の栄養分をたっぷりいただいて
鮭たちを育てた懐かしい故郷の香りがある
鮭たちは故郷の香りをたよりに故郷へ帰ってくる
(略)
婚姻色に染まった鮭たちは
やがてパートナーたちとめぐりあう
鮭たちの愛のいとなみは
生命をつむぐための死へのいとなみ
(略)
たった一度の愛のいとなみに
すべてをかけ果てていく鮭たち
(略)
ゆっくり休むがよい
故郷に抱かれて休むがよい
カムイ・チェプ
神の魚たちよ!
このような敬虔な世界観に生きたアイヌ民族、利他的で戦闘的でない民族が、日本人に虐げられ、暮らす大地を奪い取られた歴史、民族の言葉さえ消し去り支配しようとした
日本人の恥ずべき迫害行為を見つめ続けなければいけないと私は考える者です。言葉を奪う、許してはいけない暴力です。チカップさんも祖父母は強制移住させられていて、その時には多くの病死者が出でいます。無念の思いで亡くなられた方を忘れてはいけません。
詩「十一月のある記憶」を読むと、心が痛くなります。
この本には収録されていませんがチカップさんは、「統合失調症の娘をもつ母として」というエッセイを書かれています(インターネットで読めます)。彼女がみつめ考え続けていた思いがどんなに深かったか、思わずにいられません。
「十一月のある記憶」 (最終部の2連)
アイヌ民族は怒りが足りないわ
アイヌ民族はもっともっと
日本人に怒りをぶつけるべきだし
日本人はアイヌ民族のことを
もっともっと受け入れるべきだわ
私はアイヌでもないし
日本人でもない
私はハーフでありダブルよ
沖縄のおじさんが娘に声をかけた
あなたはお母さんがいいたくともいえない
しかし一番いいたかったことをいったね
そのとき 娘は十六歳になっていた
アイヌ民族のこころを伝えようと生き続けた彼女は、虐げられた他民族、他者に対しての不正に対しても、黙って見過ごすことはできませんでした。心が痛んだからだと私は思います。詩「握り飯」がそのことを教えてくれます。
朝鮮人強制連行、強制労働、残虐な行為を日本人がしたこと、目をそらしてはいけないと考えます。
握り飯
雪に足跡を残し
タコ部屋を逃れてきた人
(略)
追っ手のムチだ
ビューン ビュン ビュン
ふところの飯
雪にころがり
嗚咽は雪に響く
朝鮮人は虫の息だ
アイヌ・モシリの大地には
朝鮮人の魂がさまよい
ひしめいている
苦しい詩の紹介が続きましたが、最後に、歴史を正視したうえで、現在から未来に向けて響いていく、チカップさんの詩を引用します。
詩は、願いが込められた言葉、祈りの歌です。心に響かせたいと思います。
私は日本人だけれども、アイヌ・ユーカラの世界観を心から尊敬し学びたいと思ってきましたし、心を育てられてきました。
今も私の心には、アイヌ・モシリが広がり、アイヌの声が響いています、風のように。
レラ・コラチ =風のように= (最終連)
声を出せなかったアイヌたちが
声をだすときがきたのだ
アイヌの声をきくがよい
アイヌたちの声は
気高く 誇らかに
アイヌ・モシリに響いていくのだ
永遠に……
次回は、チカップ美恵子さんと母親の伊賀ふでさん、二人の虹の詩を、みつめます。
お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』は2012年