アイヌのウポポ。母と娘の虹の歌。伊賀ふで詩集(一)

高畑耕治

2012年06月24日 08:00

 アイヌ民族のこころを伝えようと懸命に生きた女性、チカップ美恵子さんの豊かな詩作品集を紹介しつつ感じとれた私の詩想を記してきました。
 今回は彼女のひとつの詩を最後に紹介すると同時にその詩から、彼女の母の伊賀ふでさんの詩へと、虹の橋をかけたいと思います。

 チカップさんの美しい本『チカップ美恵子の世界―アイヌ文様刺繍と詩作品集』(2011年9月、北海道新聞社)には、美しいアイヌ文様刺繍の写真が咲きにおっています。この本のカバー写真の刺繍作品タイトルは「虹の歌」です。
 チカップはアイヌの言葉でです。次の詩「わたしは鳥」で、彼女の心は鳥になりきって歌っています。動物が一人称で語りうたうことを特徴とする、カムイ・ユーカラ(アイヌ神謡)の世界で羽ばたいています。
 そして、空には虹。母、伊賀ふでから教わり、二人歌ったアイヌのウポポ(歌舞詩)「虹の歌」の響きを、彼女は心に聞きながら、この詩を作り歌ったのだと私は感じます。

    わたしは鳥 (前半17行目まで)

  雨上がりの昼下がりに
  わたしはそよ吹く風に乗って散策しようと思った
  森をでていくつもの町を越すと海にでた
  海に浮かぶ島々を眺めるのは心地よい
  はるか彼方の尾根は気高く連なり
  谷間を縫うように川は流れている
  緑の美しい大地には青い瞳の湖が美しく輝いている
  木々たちはうれしそうにそよぎ
  花々は笑うように右に左に揺れている
  そんな美しさに見とれながらなおも散策を続けていると
  地上から人の声がした
    虹がでている
    鳥が虹をくぐり抜けていく
    美しい
  といっている
  わたしには見えないけれどわたしは虹を知っている
  虹は美しい天空へのかけはし
  (略)

 チカップ美恵子さんのお母さんの本『アイヌ・母(ハポ)のうた―伊賀ふで詩集』(2012年4月、現代書館)が出版され、読むことができました。
 著者は、伊賀ふでさん。編集は詩人の麻生直子さんと、北海道新聞社編集局写真部の植村佳弘さん。チカップさんとの生前の約束、遺志をくまれたお二人の尽力で、彼女が大切に持っていた母のノートをもとに刊行されました。素晴らしく喜ばしいことだと心から感じます。

 同書の年譜によると、伊賀ふでさんは、1913(大正2)年釧路町春採で生まれ、長兄は後に「民族復権運動の父」といわれた山本多助さん。この方の『カムイ・ユーカラ』(1993年、平凡社ライブラリー)を私は愛読していましたので、私は伊賀ふでさん、娘のチカップ美恵子さんが詩人であることをとても自然に感じます。

 この本にはCDが付いていて、伊賀ふでさんや近親のフチ(おばあさん)たちのウポポ、そしてチカップ美恵子さんの歌い声を聴くことができます。
 伊賀ふでさんとチカップ美恵子さんは、母と娘ふたりで、ウポポ「虹の歌」をアイヌの言葉で歌っています。楽しく微笑みあう表情が浮かんでくるふたりのウポポは、とても愛(かな)しく心に響き続け消えません。

 チカップ美恵子さんは、母と歌ったこの時をこころに抱き続け、美しく空に燃えあがるようなアイヌ文様刺繍「虹の歌」を創り織り上げ、言葉の織物の詩「わたしは鳥」も紡いで歌ったのだとわたしは感じます。
 ふたりのこころが虹で結ばれています。

 この「虹の歌」はCDに収録されたふたりの歌声を聴け、また『アイヌ・母(ハポ)のうた―伊賀ふで詩集』の本文で、伊賀ふでさんがアイヌの歌詞をカタカナで表記し、並べてウポポの心を日本語で紡いだ、ウポポ意訳詩で読むことができます。とても美しい詩です。

  ウポポ意訳詩

    虹の歌

  フレベンナ フオォー
  フレベンナ フォー

  タ エレバシ
  トゥカムイ イタップハウ
  レカムイ イタップハウ

  フレベンナ フオォー
  フレベンナ フォー


  あの空を見てごらん
  真っ赤な真っ赤な西の空
  雨があがったばかりで美しい
  そこへ虹の橋がかかり
  神々がその橋の上で
  何かささやく声
  恋のささやきか それとも
  女神たちのいさかいか
  ほんとうに赤く 美しいあの空
  清らかな虹の橋
  いつまでも消えぬよう
  私はささやきを聞いていたい

 次回は、チカップ美恵子さんのかけがいのない母、伊賀ふでさんの詩集をさらにみつめてみます。


☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』は2012年

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