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高畑耕治
高畑耕治

2012年06月26日

アイヌの母の子守唄。伊賀ふでさんの詩(二)。

 アイヌ民族のこころを伝えようと懸命に生きた女性の、豊かな詩作品集を紹介し感じとってきました。
 前回に続き今回は、詩集『アイヌ・母(ハポ)のうた―伊賀ふで詩集』(2012年4月、現代書館)を見つめます。
 著者は伊賀ふでさん、チカップ恵美子さんの母です。編集は詩人の麻生直子さんと、北海道新聞社編集局写真部の植村佳弘さんが、心を込めとても丁寧に編んでいらっしゃいます。

 前回、母から娘に受け継がれたアイヌのウポポ(歌舞詩)「虹の歌」について記しました。
 伊賀ふでさんのウポポ意訳詩が、詩作品としてどうしてこんなに豊かに感じられるのか?それは次のような源泉からあふれ出てきた詩だからだと、私は感じます。

 伊賀ふでさんはこの詩集の原型であるノートに、次のような思いを繰り返し書きつけられました。引用します。
 P38注記 ノート「これだけの短詩から、りっぱな詩が生れる。ながいながい下手な詩より、美しいきよらかな昔の人の心が、よみとれる」
 P49注記 ノート「二言、三言のウポポの中身には深い意味があると思う」
 P50注記 ノート「霜にも草一本にも短いながら百言にも勝る二言、三言の詩を作る昔の人に感謝をしながら」

 これらの言葉には、アイヌの口承文芸、歌を育み伝えてきた「昔の人」に対する深い心からの尊敬の念と感謝の気持ちがあります。「美しいきよらかな昔の人の心」を感じとりたい、というとても強い願いと意思があります。その思いの切実さが、ウポポ意訳詩には美しく愛(かな)しく響いています。

 彼女の思いの切実さと意思の強さは次のことにも強く感じます。伊賀ふでさんは、いくつかのウポポを、時間を置いて重ねて異なる表現をさぐるように再度意訳しなおされています。
 次のウポポも、1954年に1連6行の意訳詩を作った後、1958年にふたたび1連26行の詩を創っています。思いと愛情の深さを感じずにいられません。

 1958年の新しい作品は音楽性豊かでとても美しい歌です。
 アイヌの歌詞の鶴の哀しい鳴き声を彼女は、日本語としてよりよく心に響く音に置き換えています。
 「ホロロロロ……」。この哀しい響きはどこからくるのでしょう。

    サルルン リムセ:鶴の舞い 

  フンドリ フン チカップ
  アホゥー アホゥー ホゥーホゥー

  (冒頭6行)
  鶴よ 鶴よ ホロロロロ……
  舞え 舞え 美しい鶴
  おししょう鶴が真ん中で
  恋の若鶴 丸く輪になり
  母の舞いを受け継いで
   ホロロホロロ……
   (略)


 母の心の優しさそのものの、子守歌のウポポ意訳詩が、そっと教えてくれました。
 「アタハン アタハン」は、「ネンネコ ネンネコ」、そばで見守る母のやさしい声です。その声に続く、息のあたたかな、おだやかなささやき。
 あかんぼ、子どもが、目を閉じ眠る暗闇をこわがるとき、抱きよせたアイヌの母は、こわがらなくていいよ、私がそばにいるからだいじょうぶだよ、おやすみ、という肌のあたたかみそのままの思いを、「ホロロロロ」と、その響きのやすらぎで包みながら、こどもを守り、育てたのだと。

 ウポポで繰り返されるこの声は、伊賀ふでさんが、伝えてくださった、アイヌの母の愛の歌なのだと私は知りました。
 
 そしてアイヌの母は、鶴も自分とまったく同じ思いで「ホロロロロ」と、舞い歌っていると、いのちとして感じることができる、いのちを育む人間でした。私が心から敬愛するアイヌの世界観そのものです。


    アタハン アタハン:子守歌 (冒頭3行)と(最終2行)

  テイダ マッタ マクンフチ
  イフンケ タパアンネ
  アタハン アタハン
  (略)
  アタハン アタハン
  ホロロロ ホロロロ ホロロロ

  むかしむかしのおばあさまから
  伝わった子守歌ですよ
  ネンネコ ネンネコ
  (略)
  ネンネコ ネンネコ
  ホロロロ


 この詩集の冒頭の意訳詩「イヨマンテ」も、アイヌの心、命をとても豊かに見つめ感じるアイヌの世界観を、優しい言葉で教えてくれます。短いアイヌの歌詞に込められている深い思いを、伊賀ふでさんの感受性ゆたかな詩心が日本語の詩として響かせてくれたのは、かけがえのないことだと思います。
 知里幸恵さんの『アイヌ神謡集』との木霊をこの詩集に感じとれることを、私は心から嬉しく思います。
 あまりにも優しく哀しく熊に語りかける詩が私はとても好きです。割愛できず、全文を引用させて頂きます。

  ウポポ意訳詩
    イヨマンテ:熊送り(熊祭りの淋しさ)

  コロ エペレ
  ホブニナ
  ホク トンゲ
  ヘ チュイ
  ヤン フーン

  さようなら さようなら
  私のかわいい仔熊よ
  泣けて泣けてしかたがない
  これが運命というものか
  共に暮らし 共に食し
  きょうだいのように遊んだり
  同じ空を見たり
  寒さも暑さも一緒にしたものを
  心ならずも おまえは天国へ行く
  神にされて行ってしまう
  遠い遠いあの空へ
  許しておくれ 昔のしきたり
  生まれ変わって
  また私のところへ戻っておくれ
  私は泣きながらお送りします

 次回は、この本に収録された伊賀ふでさんの日本語の詩作品を見つめます。


☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』は2012年3月11日イーフェニックスから発売されました。A5判並製192頁、定価2100円(消費税込)です。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩のコラボをぜひご覧ください。

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    Posted by 高畑耕治 at 08:00 │