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高畑耕治
高畑耕治

2012年10月19日

武内利栄の詩。悲歌の、感動。

 約100年ほど前、明治時代からの詩を、女性の詩人の作品という視点でみつめなおしています。
『ラ・メール 39号、特集●20世紀女性詩選』(1993年1月、編集発行人:新川和江・吉原幸子、発売:思潮社)に採録されている詩人の一作品・一輪の花たちのなかから、私が好きな、木魂する思いを揺り起こされた詩について、詩想を記しています。

 今回みつめる詩人は、武内利栄(たけうち・りえ、1901年明治34年~1958年昭和33年)です。

 個人誌「をみな」発行。上京「女人芸術」に参加。小説『山風の唄』『武内利栄作品集』(1990年)、童謡・童話など。この短い略歴から私は、この詩人の文学への志の強さと、やわらかな心のやさしさを思います。

 作品の末尾に(1945年8月下旬 疎開地にて)と記されています。日本の敗戦直後に、本土空襲から逃れた疎開地で生まれた、「汗のしずく」です。
 一読、心深く打たれました。悲しいけれど、この詩を感じとることができてよかったと思いました。

 詩は感動です。ひとの心にいちばん強く響く感動は、悲しみ、悲歌です。
 萩原朔太郎やポー、優れた抒情詩人が言っています。でも、古くからの世界の文学、詩歌、古くからの日本の歌謡、和歌、物語、詩歌そのものが、そのことを教えてくれます。源氏物語は、もののあわれ、ああと心にもれる声そのもの、平家物語もそうです。ひとの心にとって、変わらない真実だと私は思います。

 とても悲しい詩です。詩人の思いのゆれ動き、一言一言が、私の心に沁みこんでくる、悲しい詩、心の詩です。
伝えたいと願わずにいられない、詩です。


  行水
          武内利栄


百合の花がむぞうさに咲いている。
なでしこ コスモス 千日紅なども
咲きあふれる農家の庭へ
古びた盥(たらい)をすえ、
顔と両手に火傷したむすめに
行水をつかわせる。

このあいだまで
小型機がうなりつづけた
茨城の空も爽かにすみわたり、
日立あたりへながれる雲が
淡いかげを刷いてゆくばかり。

くろずんだ盥に
まんまんとたたえた湯へ
腕のきかぬむすめをたすけいれる
わたしの指さきのこのふるえ。

肩から背へ
背から腰へ
あたたかい湯をそそげば、
十七の少女のなめらかな肌は
しゃぼんの泡をうかせて匂い
ぬれたうぶ毛もほそぼそひかる。

だが
ぐるぐる巻かれた繃帯(ほうたい)の両手を
木の切り株のようにされた両手を
おずおずと虚空(くう)にうかせ、
しょんぼりと盥に坐るむすめの
かわりはてたこのすがたは。

焼け焦げた皮膚に
黄土のような薬をば
ぶあつく塗られ
かたちのくずれた顔を
顔とも思えぬその顔をかたむけ、
ものの音をきいているらしいむすめの
かわりはてたこのすがたは。

たんねんに垢をおとしてやりながら
わたしはおもう
一つのことを。
野をわたる風のごとく
たえずわたしの心に鳴りひびく
ただ一つのことを。

それにしても
少しもおごらぬ
この庭の花々たちよ。

ひと眼をさけて
むすめのからだをなでさすり
洗いきよめるわたしの頬につたうこれは
泪ではない。

汗だ。
そぼくにちぢんだ母の皮膚から
しぼりだされる汗のしずくだ。


次回も、女性の詩人の詩に耳を澄ませます。


 ☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日イーフェニックスから発売しました。A5判並製192頁、定価2000円(消費税別途)しました。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。

    こだまのこだま 動画
  
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    Posted by 高畑耕治 at 06:05 │