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高畑耕治
高畑耕治

2016年08月06日

広島。原爆。人間の、怒りと祈りの詩。

 1945年8月6日。アメリカが原子爆弾を投下したとき、広島の町では、ひとが生き、生活していました。 

 無言で亡くなっていった方、こころとからだに深い傷を負わされた方、ひとりひとりのひとを、命をみつめ、語りかけ、思いやり、思いをともにしようと懸命に、歌い、伝えてくれた詩人の詩を読み返すことは、苦しくてもとても大切です。
 怒り、祈りを、忘れず、願いへと、これから結んでいくためには。

 ひとりひとりのひとには、人間としての尊厳と自由がある。
 「国家」のため、「民族」のため、「社会」のため、ひとを殺してはいけない、ひとの生活と自由と願いを奪ってはいけない。だれにも殺すことを奪うことを許してはいけない、と私は思います。


  生ましめんかな
            栗原貞子


こわれたビルディングの地下室の夜だった。
原子爆弾の負傷者たちは
ローソク一本ない暗い地下室を
うずめて、いっぱいだった。
生まぐさい血の匂い、死臭。
汗くさい人いきれ、うめきごえ
その中から不思議な声がきこえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と言うのだ。
この地獄の底のような地下室で
今、若い女が産気づいているのだ。
マッチ一本ないくらがりで
どうしたらいいのだろう
人々は自分の痛みを忘れて気づかった。
と、「私が産婆です。私が生ませましょう」
と言ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ。
かくてくらがりの地獄の底で
新しい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は
血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな
生ましめんかな
己が命捨つとも

『核なき明日への祈りをこめて』


  八月六日  
          峠三吉


あの閃光が忘れえようか
瞬時に街頭の三万は消え
圧《お》しつぶされた暗闇の底で
五万の悲鳴は絶え

渦巻くきいろい煙がうすれると
ビルディングは裂《さ》け、橋は崩《くず》れ
満員電車はそのまま焦《こ》げ
涯しない瓦礫《がれき》と燃えさしの堆積《たいせき》であった広島
やがてボロ切れのような皮膚を垂れた
両手を胸に

くずれた脳漿《のうしょう》を踏み
焼け焦《こ》げた布を腰にまとって
泣きながら群れ歩いた裸体の行列

石地蔵のように散乱した練兵場の屍体
つながれた筏《いかだ》へ這《は》いより折り重った河岸の群も
灼《や》けつく日ざしの下でしだいに屍体とかわり
夕空をつく火光《かこう》の中に
下敷きのまま生きていた母や弟の町のあたりも
焼けうつり

兵器廠《へいきしょう》の床の糞尿《ふんにょう》のうえに
のがれ横たわった女学生らの
太鼓腹の、片眼つぶれの、半身あかむけの、丸坊主の
誰がたれとも分らぬ一群の上に朝日がさせば
すでに動くものもなく
異臭《いしゅう》のよどんだなかで
金《かな》ダライにとぶ蠅の羽音だけ

三十万の全市をしめた
あの静寂が忘れえようか
そのしずけさの中で
帰らなかった妻や子のしろい眼窩《がんか》が
俺たちの心魂をたち割って
込めたねがいを
忘れえようか!

『新編 原爆詩集}


  永遠のみどり
             原民喜


ヒロシマのデルタに
若葉うづまけ

死と焔の記憶に
よき祈よ こもれ

とはのみどりを
とはのみどりを

ヒロシマのデルタに
青葉したたれ

『新編 原民喜詩集 新・日本現代詩文庫64』






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    Posted by 高畑耕治 at 10:12 │