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高畑耕治
高畑耕治

2012年05月16日

佐川亜紀の詩集『魂のダイバー』

詩人・佐川亜紀さんの詩集『魂のダイバー』から、3篇の詩「夢の受胎」「夢の波」「魂のダイバー」を、私のホームページの「好きな詩・伝えたい花」で紹介しました。

   (こちらからお読み頂けます↓)
   佐川亜紀の詩「夢の受胎」「夢の波」「魂のダイバー」

 1993年に潮流出版社から出版されたご詩集です。詩友に借りて拝読して感動し、とても共感しました。
本当の意味で良い詩は、十数年という年月では決して風化しないもの、世相を色濃く反映しながらも、決して一時的な流行には押し流されないものだということを、改めて思い、嬉しく感じました。

 作者は「夢の二面性―あとがきとして」で次のように語ります。
「(略)戦争協力詩を書いた日本の詩人達には、自分の戦争協力をはっきり認め、自己批判する姿勢はあまり見られなかった。現実の社会主義の崩壊に際して、革命運動の負性も含めて荷担したことを見つめないならば、戦争協力詩を書いた詩人と同じになるのではないか。(略)
 しかし、また私は「夢」を全否定もしない。全部誤りだったというのも極論である。反戦運動に果たした役割、人間が個であるとともに社会的存在であること、地球的理想など今も考え、追求すべきである。文明や文化に対しての本質的な批判は、私達が生存さえ奪った先住民族、他民族、死者、他の生き物から現在より強く問われているだろう。
 経験と問を受けながら、「夢」を、概念ではなく、詩的想像力としてより豊かに語れるようになりたい。「夢」を語るのは難しく、端緒についたにすぎないが、私というダイバーが、自分なりのもぐり方、泳ぎ方で、魂の深海に行こうとする時、彼方に普遍の明るみがほの見えるかもしれない。(略)」

 少し脱線しますが、『高村光太郎全詩集』を読み返すと、『大いなる日に』『記録』『をぢさんの詩』と、戦争協力詩にどっぷり染まった光太郎に悲しくなります。けれど救われるのは彼が、軍部・国家の命じるままの言葉を真に受け垂れ流すことで、若者を死に追いやることに荷担した自分は誤っていた、その行為を批判されることも断罪され殺されることさえ仕方がないと、内省し書いているからです。それでも許せないと感じた人には空虚で無意味な言葉だとしても、彼は詩人として本心から自己批判したと、私は思います。

 詩集『魂のダイバー』を読むと、波打つ水のうごき、いのちが生まれくる海のイメージに包み込まれます。ゆたかな抒情性と言葉のリズムのうねりに詩が呼吸しています。
 愛(かな)しく揺れている「夢」、「私達が生存さえ奪った先住民族、他民族、死者、他の生き物」の魂と深く交感したいという作者の願いの深さに、私は共鳴せずにいられません。
 紹介させて頂いた3篇の詩「夢の受胎」「夢の波」「魂のダイバー」は、作者の願いが純化された結晶のよう、祈りに近く、とても美しいと感じます。

 より直接的社会的な詩も、この願いに根ざし、この願いを源にして生まれ出ている、作者にとって書かずにはいられない言葉です。これは言葉が詩であるうえで本質的なことだと、私は思います。
 社会的な主題の作品化はとても難しく、試みるとき、この、自分自身との関係、その主題から自分自身が問われていることを受け止め感じ取り考えることで、初めて発酵する言葉を詩句とする姿勢が必須だと、私は考えています。
 そのような切実さと謙虚さと共感力と言葉を探す努力がない場合には、新聞の記事や傍観者の評論に過ぎないレベルに散文化してしまいます。さらに悪い場合には、
高村光太郎が善意で陥ったように、政治的主張やプロパガンダに容易に変じてしまいます。
 詩は、ひとりひとりの人の、いのちの、魂の表現です。それがない言葉は、センセーショナルで刺激的でも言葉巧みでも、詩ではありません。

 作者の願いは次の詩句に凝縮され輝いています。

「始源の祖母達の雨を祈る声が聞きたい/宇宙の生命の泉に感応する声が聞きたい」(夢の受胎)。
「私達はかすかにふるえ合う/私達はまだ夢に波立てるか/私達はまだ苦しみ合えるか/私達はまだ愛し合えるか」(夢の波)。
「地球の酸素がなくなるまでに/世界の魂と魂が出会うことができるか/もっとも傷ついたものの魂を/息苦しいまでに捜したい/そこに見知らぬ輝きがあるから(魂のダイバー)。


 作者は、「もっとも傷ついたものの魂を/息苦しいまでに捜し」ています。
詩「モノトーンの夢」は、日本赤軍や戦時の庶民の女性をとりあげ、作者が「あとがき」で書くように、負性をみつめ、自らに問いかけています。
詩「クメールの七頭の蛇」では侵略されたカンボジアの人を、詩「家」「障子の家」では家と天皇制と人を、詩「無花果の花」「みずみずしい季節」「キュロットスカートとパゴダ公園」では朝鮮半島から連れ去られた従軍慰安婦の人を、詩「ドーク・トーン(黄金の花)」では売春観光とタイの女性を、詩「舞い狂う樹木」「魂織り」ではアイヌ民族の人を、詩「魂の絵」でも先住民族の人を。
 なぜ、書くのか? 作者はそうせずにいられないからです。押し殺された、隠されている、「もっとも傷ついたものの魂」の声を、伝えずにはいられない思いの強さが心に痛く伝わってきます。
 
 今回の紹介の最後に、私個人の感性で、一読者として一番好きな詩をあげます。詩「出発」です。
 とても長篇の、一般的な詩の形をはみ出した、掌編小説のようでもある作品。青春小説、恋愛小説と読むのも読者の自由ですが、言葉の豊かなリズムと抒情性に言葉が高められ詩心が響いています。
 成田闘争を時代背景にしながら、自己と異性と社会を手探りする姿、思い、感情の揺れ動きに、自分自身の苦く苦しく必死だった過去も重なり、私はとても共感します。
 文学作品として虚構に織りなされていますが、ここに込められた心の真実、ここから、この詩人は歩みだしたんだと、私は思いました。
 詩「人参畑で耳鳴り」も、この詩の反歌のように、独特の詩句のリズムとともに、心に残り私は好きです。

 佐川亜紀という、優れた詩人を、私は今頃になってやっと見つけました。とても嬉しく思います。

☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』は2012年3月11日イーフェニックスから発売されました。A5判並製192頁、定価2100円(消費税込)です。

 イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。絵と音楽と詩のコラボをぜひご覧ください。

    こだまのこだま 動画
  
 ☆ 多こちらの多摩の本屋さん店頭に咲かせてくださっています。
 リブロ吉祥寺店、紀伊国屋書店吉祥寺東急店、オリオン書房ノルテ店、オリオン書房ルミネ店、丸善多摩センター店、くまざわ書店桜ケ丘店、有隣堂新百合ヶ丘エルミロード店など。
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    Posted by 高畑耕治 at 20:12 │