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高畑耕治
高畑耕治

2013年02月05日

ユゴーの詩。一人のいのちを感じる眼。

 久しぶりに映画をゆっくり観ました。ミュージカル映画『レ・ミゼラブル』です。ユマニスム、ヒューマニズム、人間をみつめるまなざしからあふれだす詩心と感動の物語に、とても心打たれます。原作者のユゴーは19世紀フランスの文豪ですが、あらためて底力のある詩人、作家だと感じました。
 まず今回は『レ・ミゼラブル』と共鳴していると感じるユゴーの詩を一篇見つめます。

 私はこの詩に、ユゴーが人間と生活と社会と世界を、どのような位置からの視点で見つめたかを、教えてくれる詩、長大な小説『レ・ミゼラブル』の凝縮したような詩だと感じます。
 「凝縮した」ということを逆に言うと、詩という文芸形態の境界を示しているともいえます。

 最も弱者である、一人の人間、子供の、最も過酷な運命、殺されることを主題としているのは、彼のテーマの象徴している、ともいえます。
 「象徴」ということも逆に言うと、詩という文芸形態の境界です。

 歴史的な事実、細かな出来事を具体的に描写している、克明に記録しようとする、かなり小説的な散文との境界にある詩ですが、次の点で詩に踏みとどまっています。
 一人の少年を、特定の名を持った特定の場所に生きた一人としていないこと。そうすることで、あの時、このように同じように、殺された少年の象徴として、多くの同じ運命に苛まれた一人一人みんなへ捧げられた鎮魂歌となっています。

 最終連では、ユゴーが怒りをぶつける相手、王政を明示して、彼自身の政治的な立場を宣言しています。最終連がなければ、この詩はさらに広い時代、広い世界で起こっている人間の姿を、普遍的に象徴的に示した詩となっているかもしれません。そうせずに、時代と出来ごとを特定したのは、怒りと糾弾と鎮魂の思いから彼が選んだ、彼の意思です。

 作品を壊す政治的な言動であっても、このように書く彼だからこそ、『レ・ミゼラブル』を書きあげることができたのだと感じ、私は弱い個々の者の傍にいる彼に共感します。
 文学の言葉と政治の扇動演説を隔てるのは、一人の人間のいのちの弱さを感じる眼を失わないかどうかにあると私は考えているからです。


  四日の夜の思い出
         ユゴー 安藤元雄訳


子供は頭に二発の弾丸(たま)をくらっていた。
住まいは清潔で、つつましく、穏やかに、まともで、
祝福の小枝が肖像画の上に掛けてある。
年老いた祖母がそこにいて 泣いていた。
私たちは黙って子供の服をぬがせた。その口が、
血の気もなく、だらりと開く。死の影がおびえた眼をひたし、
垂らした腕は支えを求めているかに見えた。
ポケットにはつげの木の独楽(こま)がひとつ。
傷口の穴はどちらも指が入るほどだった。
生け垣の桑の実が血を流すのを見たことがおありか?
頭蓋は割れた薪(たきぎ)のように口をあけていた。
祖母は子供の服がぬがされるのを見つめながら、
こう言った、――なんて白い体! さあランプを寄せて、
おお! かわいそうに 髪がこめかみに貼りついて!――
それがすむと、子供を膝に抱き取った。
陰惨な夜だった。銃声が何発も
街路に聞こえ 次々と人が殺されて行く。
――くるんでやらなくては、と私たちの仲間が言った。
そして胡桃の箪笥から白いシーツを取り出した。
祖母はその間に子供を暖炉に近づけていた
硬直してしまった手足をなおも暖めてやろうとするように。
ああ! 死がその冷たい手で触れたものは
この世の暖炉では二度と暖まらないのだ!
かがみこんで子供の靴下をぬがせ、
老いたその手に死体の足を載せた。
――これが悲しまずにいられますか! と
老婆は叫んだ、あなた、八つにもならなかったのに!
先生方も、学校で、ほめて下さってました。
あなた、私が手紙を書かねばならないときは、
この子が書いてくれたんです。いまじゃこうして
子供まで殺すんですか? ああ! 神さま!
強盗とおんなじだ! ちょっと言うけど、
今朝までそこで、窓の前で、遊んでたのよ!
こんな小さな子供を殺しちまって!
街を通るところを、いきなり撃ったの。
あなた、イエスさまみたいなやさしいいい子でしたよ。
私は年をとっているから、行くのも簡単、
ボナパルトさんには同じことだったでしょうに
この子を殺す代りに私を殺したって!――
むせび泣きにのどがつまって、言葉を切って、
それから続けた、みんなも老婆のそばで泣いた。
――これからひとりぼっちで私はどうなるの?
教えてくださいな、みなさん、いまここで。
ああ! 母親が残したたったひとりの孫だったのに。
なぜ殺したの? 説明してもらいたいわ。
この子は叫ばなかったわ 共和国ばんざいなんて。――
私たちは黙って、立ったまま沈痛に、帽子をおろし、
慰めようもないこの嘆きを前にしてわなないていた。

わかっていなかったのだね、お婆さん、政治というものが。
ナポレオン氏は、これがあいつの正式の名前だが、
貧乏なくせに王侯気取り。宮殿が好きで、
馬も持ちたい、従僕も持ちたい、
賭博や、食事や、色ごとや、狩猟のための
金も持ちたい。ことのついでに、家族を助け、
教会や社会も救ってやろうというわけだ。
サン・クルーも手に入れたい、夏には薔薇がいっぱいで、
知事や市長が敬意を表しにやってくる。
そのためなのだ 年老いた祖母たちが、
寄る年波にふるえる哀れな灰色の指先で、
七歳の子供たちを屍衣に縫いこまねばならぬのは。

 出典は『筑摩世界文学大系88 名詩集』(1991年、筑摩書房)です。
 次回も、『レ・ミゼラブル』に感じた詩想を記します。


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