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高畑耕治
高畑耕治

2013年04月29日

富小路禎子。尾崎左永子。歌の花(二一)。

 
 出典の2冊の短歌アンソロジーの花束から、個性が心に響いてきた歌人について好きだと感じた歌の花を数首ずつ、私が感じとれた言葉を添えて咲かせています。生涯をかけて歌ったなかからほんの数首ですが、心の歌を香らせる歌人を私は敬愛し、歌の美しい魅力が伝わってほしいと願っています。
 
 出典に従い基本的には生年順です。どちらの出典からとったかは◆印で示します。名前の前●は女性、■は男性です。

● 富小路禎子(とみのこうじ・よしこ、1926年・大正15年東京生まれ、2002年・平成14年没)。

女にて生まざることも罪の如し秘(ひそ)かにものの種乾く季(とき) 『未明のしらべ』1956年・昭和31年
処女(をとめ)にて身に深く持つ浄き卵(らん)秋の日吾の心熱くす
◎この二首は同じ主題をことなる表情で変奏しています。この歌人が二十歳のときは敗戦の翌年1946年、同じ年頃の男性たちの多くは日中戦争、太平洋戦争で戦死し、女性たちの多くも出会いと結婚の機会を極端に奪われました。この歌の響きの静かな悲しみは、望んでいたけれど叶えられなかった心のふるえのように私には聴こえます。

遮断機の竿上る古き踏切の彼方幼き吾に会へるや  ◆『不穏の華』1996年・平成8年
◎この心象世界は映画の一場面のように鮮やかに心に映写されるようです。踏み切りの向こうに、幼い自分がいるような、幼い頃の世界が今もまだあるような、そんな気がするのは、この歌人や私だけではないと思います。

鶴だけしか折れぬ吾もし惚けなば部屋一杯の折鶴婆(ばば)か  ◆
◎この歌も夫と子がなく、一人老いゆく女性のさびしさと深い悲しみがため息となってこぼれているようです。「折鶴婆か」という自嘲の言葉に、生きてきた年月の深さに降りつもった嘆きがこもり、痛く響き、心に残ります。

● 尾崎左永子(おざき・さえこ、1927年・昭和2年東京生まれ)。

戦争に失ひしもののひとつにてリボンの長き麦藁帽子  ◆『さるびあ街』1957年・昭和32年
◎青春期が戦時と重なった女性の歌人のこの歌も、深い悲しみを静かな言葉で歌っています。「リボンの長き麦藁帽子」、若い女性が自然に大切に感じる身近な、可愛い、素敵な、綺麗な、おしゃれを、禁じられ奪われた時代であったこと、そして同時に、「失ひしもののひとつ」という詩句には、「限りなく多くのもの」を失ってしまったという悲しみが込められていて、心に痛く響きます。

硝子戸の中に対照の世界ありそこにも吾は憂鬱に佇つ  ◆
◎映像が浮かび上がり、似た経験をもつ読者の木魂を呼ぶ歌だと感じます。「そこにも」という詩句に、こちら側の「吾」の「憂鬱に佇つ」姿が逆照射され強められて浮かびあがり感じられます。

ひとりなる時蘇る羞恥ありみじかきわれの声ほとばしる  『彩紅帖』1990年・平成2年
◎この歌は「羞恥」がどのようなものかまでは語りません。だからこそ逆に読者自身が思い当たる自らの「羞恥」に重ねて、同じ経験を思い起こし、自らの歌として共感するのだと思います。

昏(くら)むまで降り積む雪に紛れゆき還らぬものを過去(すぎゆき)といふ 『土曜日の歌集』1988年・昭和63年
◎音楽を情景に溶かし込んだ歌です。「ゆきYUKI」という音を三回繰り返し奏で歌うことに歌人の創意は向けられていて、過去という言葉を「過ぎゆく」時間であることから、音のために「すぎゆきsugiYUKI」と読ませます。そこにはあらわな作為があるので嫌う読者もいる気がしますが、私は雪のイメージと「ゆきYUKI」という音がとても好きなので、繰り返される調べを美しく感じます。

出典:『現代の短歌』(高野公彦編、1991年、講談社学術文庫)。
◆印をつけた歌は『現代の短歌 100人の名歌集』(篠弘編著、2003年、三省堂)
から。

次回も、美しい歌の花をみつめます。



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    Posted by 高畑耕治 at 00:05 │