2013年12月03日
オウィディウス『オウィディウス』(六)。悲しみの糸杉
ローマの詩人オウィディウス(紀元前43年~紀元17か18年)の『変身物語』に私は二十代の頃とても感動し、好きになりました。
「変身」というモチーフで貫かれた、ギリシア・ローマ神話の集大成、神話の星たちが織りなす天の川のようです。輝いている美しい星、わたしの好きな神話を見つめ、わたしの詩想を記していきます。
今回はキュパリッソスの嘆きです。
短い挿話にもかかわらず、鹿と美少年キュパリッソスの糸杉への変身の物語は、次の二つの点で、とてもつよくわたしのこころに響きます。
ひとつは、この話が、鹿を深く思う少年の物語であることです。ここには、詩人オウィディウスの、人間以外の生き物をふくめたおおきな生命観を感じます。後の最終回でピュタゴラスの挿話をとおしてこの主題を取り上げますが、鹿と少年の交感には、人間だけを特別扱いしていない想いはあきらかに感じとれます。
わたしは他の生物すべては人間に従い命令されるために創られてずっとある、という世界観には貧しさを感じ好きではありません。
たとえば、アイヌのユーカラのように、狩猟民族であるからこそアイヌモシリ、アイヌの森そしてあの世でも、クマや鮭、ゆたかな動物たちとともに生きていて、対等に、食料とするときも食料となって自分たちを生かしてくれた動物や植物に感謝して祈る、そのような世界観に、いのちを敬う気持ちをひき起こされ、好きだと感じます。そのような世界、社会で育まれた人は、自然に動植物を大切にするします。
今の社会でなら、身近な犬や猫、ともに生きている他の生き物を、大切に想い、大切にするひとがわたしは好きです。
心打たれるもうひとつの点は、鹿を誤って殺してしまったキュパリッソスの姿と、彼を愛した神アポロンの最後の言葉です。引用します。
少年は、呻(うめ)くばかりで、神々への最後の願いとして、いついつまでも嘆いていたいというのだった。
「おまえへの哀悼は、わたしがするとしよう。そのかわり、おまえは、ほかのひとたちを悼(いた)み、悲嘆
にくれている者たちの友となるのだ」
悼む心です。鎮魂の想い、ともいえます。人間にはできないこと、どうしても叶わぬこと、隔てられてしまい届かぬ悲しみがあります。だからこそ、人間であることの最も強く、尊い感情は、愛の告白と、鎮魂の祈りにあると、わたしは感じます。
悼み、嘆きのままに、キッパリソスが変身してゆく糸杉は、まるでゴッホの絵の糸杉のように身をくねらせ泣いています。いついつまでも。
● 以下、出典の引用です。
この木々たちの仲間いりをしたのが、あの円錐状の糸杉だ。これも、今は木になっているが、もとは少年で、竪琴と弓矢の神であるアポロンに愛されていた。(略)
ほかの誰よりもこの鹿をかわいがっていたのは、ケオスでいちばんの美少年キュパリッソスだった。少年は、この鹿を連れては、新しい草を食べさせに行ったり、澄んだ泉の水を飲み、背中にまたがって、きゃしゃな口につけた真っ赤な手綱で、あちらこちらへ走らせて、大喜びしている。
夏の真昼間だった。磯に住む「蟹」の曲がった鋏(はさみ)も、熱い日射しで焼けるようだった。疲れた鹿は、草地に身を投げ出して、木陰の涼しい空気を吸っていた。この鹿を、少年キュパリッソスが、うっかり、鋭い投げ槍で刺し貫いたのだ。
鹿が無残な傷を受けて、死にかかっているのを見ると、少年は、自分も死にたいとおもった。少年を愛するアポロンが、どんなにか、慰めの言葉をかけたことだろう! が、少年は、呻(うめ)くばかりで、神々への最後の願いとして、いついつまでも嘆いていたいというのだった。今や、際限もない悲しみのために血も涸(か)れて、からだが緑色に変わりはじめた。そして、さきほどまでは真っ白な額(ひたい)にかかっていた髪の毛が、逆立って、固くなり、先細の梢(こずえ)となって、星空を仰ぐようになった。アポロンは、溜息をついて、悲しげにこういった。
「おまえへの哀悼は、わたしがするとしよう。そのかわり、おまえは、ほかのひとたちを悼(いた)み、悲嘆にくれている者たちの友となるのだ」
● 引用終わり。
今回の最後に、キュパリッソスの嘆きと、木魂する私の詩を響かせます。お読み頂けると嬉しいです。
詩「さよならぱて」(高畑耕治HP『愛のうたの絵ほん』から)
次回も、この天の川に輝く、わたしの好きな神話の美しい星を見つめます。
出典:『変身物語』オウィディウス、中村善也訳、岩波文庫
☆ お知らせ ☆
『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日、イーフェニックスから発売しました。
(A5判並製192頁、定価2000円消費税別途)
☆ 全国の書店でご注文頂けます(書店のネット注文でも扱われています)。
☆ Amazonでのネット注文がこちらからできます。
詩集 こころうた こころ絵ほん
イメージング動画(詩・高畑耕治、絵・渡邉裕美、装丁・池乃大、企画制作イーフェニックス・池田智子)はこちらです。
絵と音楽と詩の響きあいをぜひご覧ください。
こだまのこだま 動画
「変身」というモチーフで貫かれた、ギリシア・ローマ神話の集大成、神話の星たちが織りなす天の川のようです。輝いている美しい星、わたしの好きな神話を見つめ、わたしの詩想を記していきます。
今回はキュパリッソスの嘆きです。
短い挿話にもかかわらず、鹿と美少年キュパリッソスの糸杉への変身の物語は、次の二つの点で、とてもつよくわたしのこころに響きます。
ひとつは、この話が、鹿を深く思う少年の物語であることです。ここには、詩人オウィディウスの、人間以外の生き物をふくめたおおきな生命観を感じます。後の最終回でピュタゴラスの挿話をとおしてこの主題を取り上げますが、鹿と少年の交感には、人間だけを特別扱いしていない想いはあきらかに感じとれます。
わたしは他の生物すべては人間に従い命令されるために創られてずっとある、という世界観には貧しさを感じ好きではありません。
たとえば、アイヌのユーカラのように、狩猟民族であるからこそアイヌモシリ、アイヌの森そしてあの世でも、クマや鮭、ゆたかな動物たちとともに生きていて、対等に、食料とするときも食料となって自分たちを生かしてくれた動物や植物に感謝して祈る、そのような世界観に、いのちを敬う気持ちをひき起こされ、好きだと感じます。そのような世界、社会で育まれた人は、自然に動植物を大切にするします。
今の社会でなら、身近な犬や猫、ともに生きている他の生き物を、大切に想い、大切にするひとがわたしは好きです。
心打たれるもうひとつの点は、鹿を誤って殺してしまったキュパリッソスの姿と、彼を愛した神アポロンの最後の言葉です。引用します。
少年は、呻(うめ)くばかりで、神々への最後の願いとして、いついつまでも嘆いていたいというのだった。
「おまえへの哀悼は、わたしがするとしよう。そのかわり、おまえは、ほかのひとたちを悼(いた)み、悲嘆
にくれている者たちの友となるのだ」
悼む心です。鎮魂の想い、ともいえます。人間にはできないこと、どうしても叶わぬこと、隔てられてしまい届かぬ悲しみがあります。だからこそ、人間であることの最も強く、尊い感情は、愛の告白と、鎮魂の祈りにあると、わたしは感じます。
悼み、嘆きのままに、キッパリソスが変身してゆく糸杉は、まるでゴッホの絵の糸杉のように身をくねらせ泣いています。いついつまでも。
● 以下、出典の引用です。
この木々たちの仲間いりをしたのが、あの円錐状の糸杉だ。これも、今は木になっているが、もとは少年で、竪琴と弓矢の神であるアポロンに愛されていた。(略)
ほかの誰よりもこの鹿をかわいがっていたのは、ケオスでいちばんの美少年キュパリッソスだった。少年は、この鹿を連れては、新しい草を食べさせに行ったり、澄んだ泉の水を飲み、背中にまたがって、きゃしゃな口につけた真っ赤な手綱で、あちらこちらへ走らせて、大喜びしている。
夏の真昼間だった。磯に住む「蟹」の曲がった鋏(はさみ)も、熱い日射しで焼けるようだった。疲れた鹿は、草地に身を投げ出して、木陰の涼しい空気を吸っていた。この鹿を、少年キュパリッソスが、うっかり、鋭い投げ槍で刺し貫いたのだ。
鹿が無残な傷を受けて、死にかかっているのを見ると、少年は、自分も死にたいとおもった。少年を愛するアポロンが、どんなにか、慰めの言葉をかけたことだろう! が、少年は、呻(うめ)くばかりで、神々への最後の願いとして、いついつまでも嘆いていたいというのだった。今や、際限もない悲しみのために血も涸(か)れて、からだが緑色に変わりはじめた。そして、さきほどまでは真っ白な額(ひたい)にかかっていた髪の毛が、逆立って、固くなり、先細の梢(こずえ)となって、星空を仰ぐようになった。アポロンは、溜息をついて、悲しげにこういった。
「おまえへの哀悼は、わたしがするとしよう。そのかわり、おまえは、ほかのひとたちを悼(いた)み、悲嘆にくれている者たちの友となるのだ」
● 引用終わり。
今回の最後に、キュパリッソスの嘆きと、木魂する私の詩を響かせます。お読み頂けると嬉しいです。
詩「さよならぱて」(高畑耕治HP『愛のうたの絵ほん』から)
次回も、この天の川に輝く、わたしの好きな神話の美しい星を見つめます。
出典:『変身物語』オウィディウス、中村善也訳、岩波文庫
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『詩集 こころうた こころ絵ほん』を2012年3月11日、イーフェニックスから発売しました。
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新しい詩「花雨(はなあめ)」、「星音(ほしおと)」、「ことり若葉」をホームページに公開しました。
新しい詩「夕花(ゆうばな)」、「花祭り」をホームページに公開しました。
新しい詩「花身(かしん)」、「香音(かおん)」をホームページに公開しました。
新しい詩「幻色の」をホームページに公開しました。
新しい詩「黄の花と蝶のための楽譜」をホームページに公開しました。
新しい詩「羽の、スミレの旋律のように」をホームページに公開しました。
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Posted by 高畑耕治 at 19:00
│詩